
高校こそはサッカー部に入ろう!と入学した大安寺高校のクラブ説明会の後に私は友人と2人で入部申し込みのためにサッカー部の部室に向かいました。サッカー部の部室は運動部の部室の一番奥にあったのですが、その前のハンドボール部の部室の前である先輩に呼び止められた私たち2人はその先輩から自動販売機のジュースをご馳走になりました。
「ジュースを奢ってやったんだからお前たちはハンドボール部決定な!」とコワモテの先輩に言われた私ははじめは安易な理由から高校生活の3年間をハンドボール部で過ごすことを決めました。(もう一人の友人は1ヶ月で先輩とケンカして辞めてしまいました)
私の押しには弱いが粘り強い性格はこの当時から現れていました。

当時の大安寺高校のハンドボール部は顧問の永井先生の指導が優秀で岡山県下でもインターハイが狙えるポジションにいました。そんなレベルの高いクラブで私がレギュラーになれるわけも無く時々試合に出してもらっても足を引っ張ってばかりいました。
しかしその時のハンドボール部の友人とは今でも1年に1度は集まって飲みにいく間柄であり、本当にありがたいことだなと感謝しています。
ハンドボール部で自分なりに頑張る反面、別の仲のよい友人が学校には内緒でバイクを買うのを見て、物欲の固まりの私もとてもバイクが欲しくなりました。
夏休みは部の合宿で無理でしたが、比較的に時間の取れた春休みと冬休みはバイトに明け暮れて免許を取るお金とバイクを買うお金を貯めたものでした。

アルバイトは野外の電気工事や八百屋での店頭販売、マラソンなどのイベント手伝いなどを主に行い、念願の中古のバイクを買うことが出来ました。
大学の時はバイクで九州1周とか北海道1周とか寝袋を持って長期のツーリングに何度も出かけました。
私の放浪癖、旅行好きはこの頃形成されました。